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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)171号 判決 1996年12月19日

大阪市西区江戸堀1丁目3番15号

原告

石原産業株式会社

代表者代表取締役

秋沢旻

訴訟代理人弁理士

浅村皓

小池恒明

歌門章二

岩井秀生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

平上悦司

小野塚薫

及川泰嘉

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第6813号事件について平成6年5月20日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年7月30日、名称を「磁性粉末」(後に、「磁気記録媒体」と補正)とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和57年特許願第133369号)をしたが、平成2年3月1日に拒絶査定がなされたので、同年4月25日に査定不服の審判を請求し、平成2年審判第6813号事件として審理された結果、平成5年2月8日に出願公告(平成5年特許出願公告第9922号)されたが、特許異議の申立があり、平成6年5月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年6月15日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

磁性酸化鉄粉末の表面にシリカーアルミナ共沈殿物被着層を有する磁性粉末を結合剤樹脂中に分散させた磁性層を基体上に設けてなる磁気記録媒体

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、特許請求の範囲に記載された前項のとおりと認める。

なお、本願発明は、明細書の記載によれば、「磁性粉末は、結合剤媒体との濡れが十分でなかったり、粒子相互で磁気凝集を起したりして結合剤樹脂中に均一に分散されにくく、磁気記録媒体の磁気特性の低下が生じ易い」(公報1欄20行ないし23行)との「問題点を解決し得る磁性粉末を含有する磁気記録媒体を提供せんと」(公報2欄1行、2行)してなされたものであって、「磁性酸化鉄粉末の表面に被着させるシリカーアルミナ共沈殿物とは、アルミニウムシリケートの含水物、あるいはアルミニウムとケイ素の複合水和酸化物をいうものである」(公報2欄15行ないし18行)こと、シリカーアルミナ共沈殿物は「磁性酸化鉄粉末の表面に連続した被膜状で被着されているものであっても、あるいは一部または全部が不連続な被膜状で被着されているものであってもよい」(公報2欄19行ないし22行)こと、「磁性酸化鉄粉末の表面にシリカーアルミナ共沈殿物を被着させるには(中略)磁性酸化鉄粉末の水性スラリーを形成し、このスラリーにケイ素とアルミニウムの水溶液化合物を並行に添加し」、「このスラリーはその後中和」(公報4欄2行ないし7行、11行)する方法を用いうることが認められる。また、「シリカーアルミナ共沈殿物の被着量(中略)が前記範囲より少なきにすぎると、所望の分散性効果が得られず」(2欄26行ないし3欄5行)との記載によれば、「シリカーアルミナ共沈殿物」は「磁性酸化鉄粉末」の「結合剤樹脂」中での分散性を高めるための物質であることが認められる。

(2)一方、株式会社総合技術センター昭和57年4月30日発行「磁性材料の開発と磁粉の高分散化技術」28頁ないし36頁、59頁ないし63頁、269行頁いし271頁(以下、「引用例1」という。)には、

<1> 「第2節 磁性粒子の分散・配向性」の標題の下に、「最近の磁気記録では高保磁力の磁性体を高充てん・高配向させることが重要である。この高充てん・高配向のためには、磁性塗料において磁性粒子を破壊することなく、一次粒子近くまで分散させることが必要である。したがって、磁気テープ製造工程における分散工程は、磁気テープの性能を決定する非常に重要な工程ということができる。」(59頁「2.1 分散について」の項1行ないし7行)

<2> 「第2節 無機粉体の表面改質と分散技術」の標題の下に、「表面改質は粉体表面のぬれの改質による分散性の向上が第1目的とされる」(270頁「2.1 化学的・物理化学的技法」の項2行)、「無機物による改質は、その代表的研究に二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理がある。」(271頁2行)と記載されている。そして、

<3> 上記<2>の「分散性の向上が第1目的とされる」「表面改質」の技法の「代表的研究」の例として示された「二酸化チタンのAl203、SiO2、ZnOなどによる処理」は、「磁性材料の開発と磁粉の高分散化技術」を主題とする引用例1の先立つ章節で、「磁気テープ製造工程」における磁性粒子の分散の必要性・重要性の指摘がなされていること(上記<1>)を併せ考えれば、磁性粒子の表面改質に応用することにより分散性向上が期待しうる技法としてあげられていると考えうることは、当業者が理解しうることと認められる。

(3)また、昭和57年特許出願公開第60535号公報(昭和57年4月12日公開。以下、「引用例2」という。)には、

<1> 「強磁性粉末を結合剤中に分散してなる磁性層を非磁性支持体上に設けた磁気記録媒体において、該磁性層が有機アルミニウム化合物を含有することを特徴とする磁気記録媒体」(特許請求の範囲)との構成を有する発明が記載されている。そして、

<2> 「本発明に使用される結合剤としては、従来公知の熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂…等がある」(2頁左下欄7行ないし9行)こと

<3> 「強磁性粉末はγ-Fe2O3、Fe2O4…のごとき酸化鉄系強磁性体」「等がある」(2頁右下欄17行ないし19行、3頁左上欄3行)こと

<4> 「本発明の有機アルミニウム化合物は強磁性粉末の分散性に対して良好な効果を与えること」(5頁左下欄1行ないし3行)

<5> 「有機アルミニウム化合物で表面処理を行なった強磁性粉末を用いることにより、著しい効果が奏せられ」(1頁右下欄17行ないし19行)、「表面処理は、例えば、有機アルミニウム化合物を溶解した有機溶剤中に強磁性粉末を浸漬してスラリーとした後、溶剤を濾別あるいは減圧で溜去することにより行われる」(2頁右上欄16行ないし20行)こと

が記載されている。また、

<6> 上記<5>の記載によれば、「有機アルミニウム化合物で表面処理を行なった強磁性粉末を用いる」ことにより「磁性層」に「有機アルミニウム化合物を含有」させた態様では、「有機アルミニウム化合物」は「溶剤を」「減圧で溜去」した後「強磁性粉末」の表面に残った被膜として含有させられていると考えうることは、引用例2の記載から当業者が理解しうることと認められる。

<7> 以上の<1>~<5>の記載、<6>の理解を総合すれば、引用例2には、

「磁性層」と「非磁性支持体」とからなり(<1>)、「磁性層」は「酸化鉄系強磁性体」粉末(<3>)と合成樹脂の「結合剤」(<2>)を含むものであり、

「酸化鉄系強磁性体」粉末はその表面に「有機アルミニウム化合物」の被膜を有するものであり(<6>)、

「酸化鉄系強磁性体」粉末は「結合剤」中に分散させられており(<1>)、

「磁性層」は「非磁性支持体上に設け」られている(<1>)

「磁気記録媒体」

が記載されていることは、当業者が理解しうることと認められる。

(4)さらに、1977年発行「色材」50号444頁ないし451頁(以下、「引用例3」という。)には、

<1> 「2.酸化チタンの表面処理」の標題の下に、「Al2O3とSiO2は、TiO2の懸濁液にこれら物質の 水可溶性塩類、すなわち硫酸アルミニウム、ケイ酸ソーダ等を添加し、中和することによってコーティングされる。」(445頁右欄13行ないし16行)

<2> 「3.顔料界面の反応」の標題の下に、「一連の実験の結果からSorensenは顔料、樹脂、溶剤の相互関係は、それらの酸一塩基性によって決定され、与えられた酸性または塩基性の顔料に対しては、反対の塩基性または酸性のバインダーを使用すれば分散性がよく(中略)としている」(447頁右欄35行ないし41行)、「Al2O3、SiO2で処理された酸化チタンは」「Al2O3/SiO2のバランスによって多少とも酸性または塩基性を有しており、これが分散媒中での分散性に影響を持っている」(447頁右欄44行ないし448頁左欄2行)

と記載されている。

<3> 上記<2>の記載によれば、Al2O3とSiO2とを、バインダーの酸一塩基性に応じた酸一塩基性となる割合で用いて二酸化チタンをコーティングし、その表面にAl2O3とSiO2とを含む物質の被膜を形成することにより二酸化チタンの分散性を高めうると考えられることは、当業者が理解しうることと認められる。

(5)対比

本願発明の「磁気記録媒体」と引用例2に示された「磁気記録媒体」(上記(3)<7>)とを対比すると、両者はともに

磁性層とベース(「基体」・「非磁性支持体」)とからなり、

磁性層は磁性材料粉末と合成樹脂のバインダ(「結合剤樹脂」・合成樹脂の「結合剤」)を含むものであり、

磁性材料粉末はバインダ中に分散させられており、

磁性層はベース上に設けられている

磁気記録媒体

であって、

<1> 磁性材料粉末が酸化鉄粉末(「磁性酸化鉄粉末」・「酸化鉄系強磁性体」粉末)であって、その表面にバインダ中での分散性を高める物質の被膜を有する点(上記(1)<4><6>、(3)<4><6>参照)において一致し、

<2> バインダ中での分散性を高める物質が、本願発明では「シリカーアルミナ共沈殿物」であるのに対し、引用例2記載のものでは「有機アルミニウム化合物」である点において、両者は構成上相違するものと認められる。

(6)  容易性の判断

上記相違点について検討する。

a 代替手段の検討は一般的な技術課題であり、引用例2に示された「磁気記録媒体」の「酸化鉄系強磁性体」粉末の表面処理に用いられた「有機アルミニウム化合物」についても、分散性向上効果のよりすぐれたもの、取扱いやすいもの(有機アルミニウム化合物は取扱い上危険なものが多いことは当業者に周知のことである。)等との観点から代替材料の検討の余地があるものであることが当業者に明らかなものであることを考えれば、代替材料の検討を企画することは当業者にとってふつうのことと認められる。

b 引用例3には二酸化チタンの表面処理に併用されるAl2O3とSiO2がその分散性を高めうるものであること(上記(4)<3>)及びその処理方法(上記(4)<1>)が示されている。そしてAl2O3とSiO2による処理が磁性粒子の表面改質に応用することにより分散性向上が期待しうる技法として引用例1に示されていること(上記(2)<3>)を考えれば、引用例3に示されたAl2O3とSiO2は代替材料の検討(上記a)に際し当業者が着目しうる範囲のものと認められ、引用例3に示された処理方法を適用して両者を併用することに困難性は認められない。

c 引用例3に示された処理方法を引用例2の「酸化鉄系強磁性体」粉末に応用することによりその表面に形成される被膜を組成する物質は、次のイ~ハのことを考えれば、「シリカーアルミナ共沈殿物」といいうるものであると認められる。

イ 被膜形成の出発物質として添加される化合物が本願発明のものと一致すること(引用例3のAl2O3とSiO2「の水可溶性塩類、すなわち硫酸アルミニウム、ケイ酸ソーダ等」(上記(4)<1>)は、本願発明の「ケイ素とアルミニウムの水溶性化合物」(上記(1)<5>)と異ならない。)

ロ 処理工程が本願発明のものと一致すること(ともに被処理粉末を水に分散させた状態(「水性スラリー」・「懸濁液」)で被膜形成の出発物質を添加する工程とその後の中和工程とからなる。上記(1)<5>、(4)<1>)

ハ 被膜形成の出発物質及び処理工程が一致するのであるから、その結果生成する物質も一致すると認められること

したがって、引用例2に示された「磁気記録媒体」に基づいて磁性材料粉末の表面処理用材料の代替材料を検討し(上記a)、引用例3に示された技法を応用する(上記b)ことにより構成される「磁気記録媒体」は、上記(5)<2>の本願発明の構成要件もそなえるものであって、以上の検討によれば、本願発明の構成要件をすべてそなえる「磁気記録媒体」を構成することは当業者にとって容易なことと認められ、結局、本願発明はその出願前に当業者が容易に発明をすることができたということができる。

(7)原告の主張についての検討

<1> 引用例1、引用例2はそれぞれ本願発明の構成要件のすべてを開示するものではないことを根拠とする「これらの文献から具体的な本願発明が容易に想到されるものとはいえない」との主張について

引用例3の開示も組み合わせれば、引用例2に示されていない上記(5)<2>の本願発明の要件をもそなえるもの、それゆえ「具体的な本願発明」の要件をすべてそなえるものに到達しうることは上述(上記(6)c)のとおりである。

<2> 引用例3には「二酸化チタンをAl2O3、SiO2などで処理することが記載されているだけであり、しかもこれらはいずれも塗料顔料としての処理であって表面平滑性とか、光沢性とかの向上のための処理であって、…本願発明の磁性酸化鉄の特定表面処理を示唆するものではない」ので「本願発明の全構成要件の結合性」に困難性を認めるべき旨の主張について

引用例3には二酸化チタンの分散性の向上についても記載されていると当業者が理解しうることは上述(上記(4)<3>)のとおりであり(「表面平滑性とか、光沢性とか」が分散性向上にともない改良しうる性質であることは当業者に周知のことである。たとえば引用例1の276頁「3.2 分散性と改質技法」の項8行、9行参照)、二酸化チタンの表面処理の、磁性粒子への応用可能性が引用例1に示されているのであるから、引用例2記載の発明と引用例3記載の表面処理との組合せ(「本願発明の全構成要件の結合性」)に困難性を認めることはできない。

(8)以上検討したとおり、本願発明は、引用例1、引用例2及び引用例3の記載に基づいて本出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであると認められる。したがって、原告は、特許法29条2項の規定により、本願発明について特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

本願発明と引用例2記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは争わない。

しかしながら、審決は、引用例1及び引用例3記載の技術内容を誤認して相違点の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)引用例1記載の技術内容について

<1> 審決は、引用例1において「分散性が第1目的とされる」表面改質の技法として記載されている「二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理」が、「磁性粒子の表面改質に応用することにより分散性向上が期待しうる技法としてあげられていると考えうることは当業者が理解しうることと認められる。」と説示している。

しかしながら、引用例1記載の「Al2O3、SiO2、ZnOなど」は、無機粉体に耐候性あるいは耐薬品性を賦与するための化合物であって、粉体表面の「濡れの促進による分散性」向上のためのものとして挙げられているのではない。このことは、引用例1の「表面改質は(中略)最終的には改質表面に機能性を付与してマトリックスと強い結合を作ることが目的である。」(270頁25行、26行)、「より良い耐候性あるいは耐薬品性を賦与する」(271頁6行)との記載、及び、一般塗料である二酸化チタンのSiO2によるコーティング技術について「これの改善がある2。」(271頁5行)との記載の、2とは「風間孝夫:色材、53[3]182~189(1980)」(甲第11号証277頁下から9行)のことであり、同文献(甲第12号証)の183頁にはAl2O3、SiO2、ZnOなどの表面被膜が専ら「より良い耐候性あるいは耐薬品性を賦与する」ことが明記されていることから明らかである。

そして、引用例1の270頁27行以降の記載も、ポリマー粒子同士の凝集あるいは粉体同士の凝集の防止に関するものであって、粉体表面の「濡れの促進による分散性」の向上に関する記載は一切存しない。そして、一般塗料の技術分野においては、SiO2が粉体表面の「濡れの促進による分散性」を向上させることは否定されており(引用例3の447頁左欄の表-6、甲第8号証の165頁、甲第9号証の41頁及び64頁、甲第17号証)、かつ、粉体の分散作用は周知の分散剤である有機化合物の方が優れているのであるから(甲第21、第22号証)、無機化合物であるAl2O3、SiO2、ZnOなどが粉体表面の「濡れの促進による分散性」の向上のためのものとして挙げられていると考えるのは不自然である。

しかるに、審決は、引用例1の「無機粉体の表面改質と分散技術」(269頁1行)、「表面改質は粉体表面のぬれの促進による分散性の向上が第1目的とされる」(270頁25行)という記載と、「代表的研究に二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理がある。」(271頁2行)という記載とを短絡的に結び付けているが、両記載を関連付けて理解する必然性はないのである。

<2> のみならず、審決は、「分散性」の意義を正解していない。

すなわち、本願発明の特許出願公告公報には「磁性粉末は、結合剤媒体との濡れが十分でなかったり、粒子相互で磁気凝集を起したりして結合剤樹脂中に均一に分散されにくく」(1欄20行ないし22行)と記載されており、磁性の技術分野における「分散性」には、「濡れの促進による分散性」と「磁気凝集の抑制による分散性」とがあることが明らかにされている。一方、一般塗料の技術分野においては、「磁気凝集の抑制による分散性」が問題となる余地はないから、同技術分野における「分散性」が専ら「濡れの促進による分散性」であることは明らかである。のみならず、同じ「濡れの促進による分散性」であっても、対象とする粉体の磁性の有無によって技術的意義が異なるのであって、磁性の技術分野における「濡れの促進による分散性」は、一般塗料の技術分野における「濡れの促進による分散性」よりもはるかに高度のものが要求される。

そして、引用例1の記載のうち「表面改質は粉体表面のぬれの改質による分散性の向上が第1目的とされる」(270頁25行)という記載における「分散性」は、明らかに一般塗料の「濡れの促進による分散性」であるのに、審決は、この記載を、「二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理」が磁性の技術分野における分散性向上のための技法であることの論拠としている。この理由説示は、たとえ「「磁性材料の開発と磁粉の高分散化技術」を主題とする刊行物中の先立つ章節で「磁気テープ製造工程」における磁性粒子の分散の必要性・重要性の指摘がなされていることをあわせ考え」ても、誤りといわざるをえない(ここにいう「刊行物中の先立つ章節」は、269頁以下とは別人の執筆によるものである。)。

(2)引用例3記載の技術内容について

審決は、「上記(中略)の記載によれば、Al2O3とSiO2とを(中略)用いて二酸化チタンをコーティングし、その表面にAl2O3とSiO2とを含む物質の被膜を形成することにより二酸化チタンの分散性を高めうると考えられることは引用例3の記載から当業者が理解しうることと認められる。」と説示している。

しかしながら、この判断の論拠とされた引用例3の上記記載とは、「与えられた酸性または塩基性の顔料に対しては、反対の塩基性または酸性のバインダーを使用すれば分散性がよく」(447頁右欄35行ないし39行)、「Al2O3、SiO2で処理された酸化チタンは、(中略)Al2O3/SiO2のバランスによって多少とも酸性または塩基性を有しており、これが分散媒中での分散性に影響を持っている。」(447頁右欄44行ないし448頁左欄2行)というものである。

この記載に基づく以上、Al2O3は塩基性、SiO2は酸性である(甲第7号証)から、当業者はバインダーの酸-塩基性に対応して、Al2O3あるいはSiO2のいずれかを単独で採用するのが自然であって、敢えてAl2O3とSiO2とを併用し、両者のバランスをバインダーの酸-塩基性に対応して決定するなどという複雑な方法を採用するのは不自然である。したがって、審決の前記説示は根拠を欠くといわざるをえない。

(3)相違点の判断について

<1> 審決は、「引用例2に示された「磁気記録媒体」の「酸化鉄系強磁性体」粉末の表面処理に用いられた「有機アルミニウム化合物」についても、分散性向上効果のよりすぐれたもの、取扱いやすいもの(有機アルミニウム化合物は取扱い上危険なものが多いことは当業者に周知のことである。)等との観点から代替材料の検討の余地のあるものである」と説示している。

しかしながら、前記のとおり、磁性の技術分野においても、「濡れの促進による分散性」向上効果のより優れたものは有機化合物(有機アルミニウムに限られない。)であることが知られていたのであるから(甲第16、第21、第22号証)、有機化合物に替えて無機化合物の採用を検討する余地はありえないし、有機アルミニウム化合物が取扱い上危険ならば、危険性のない有機化合物(界面活性剤あるいは高分子分散剤)を採用すればよいのであるから、審決の上記説示は当たらない。

<2> そして、審決は、「引用例3に示されたAl2O3とSiO2は代替材料の検討(上記(1))に際し当業者が着目しうる範囲のものと認められ、引用例3に示された処理方法を適用して両者を併用することに困難性は認められない」と判断している。

しかしながら、その判断の論拠とされている引用例3の記載は、審決の認定によれば「Al2O3とSiO2とをバインダーの酸-塩基性に応じた酸-塩基性となる割合で用い」て樹脂と顔料との界面反応を利用する知見であるが、本願発明は、結合剤樹脂や顔料の性質を問うものではないから、上記知見を適用する余地はない。ちなみに、審決のいう「上記(1)」とは、引用例1記載の酸化鉄系強磁性体粉末の表面処理に用いられた有機アルミニウム化合物の代替材料の検討のことであるが、磁性の技術分野においては「濡れの促進による分散性」向上効果のより優れたものとして有機化合物が知られていたのであるから、無機化合物であるAl2O3及びSiO2の採用を検討する余地がありえず、ましてSiO2は一般塗料の技術分野において粉体表面の濡れを促進し分散性を向上させることが否定されていることは、前記(1)<1>のとおりである。

なお、審決は、「Al2O3とSiO2による処理が磁性粒子の表面改質に応用することにより分散性向上が期待しうる技法として引用例1に示されている」とも説示しているが、引用例1の記載が「濡れの促進による分散性」の向上に関するものではなく、まして磁性の技術分野に関するものでないことは、前記(1)において詳説したとおりである。

<3> 以上要するに、引用例3には、一般塗料の技術分野においてAl2O3がバインダーの性質によっては「濡れの促進による分散性」の向上効果が優れていることが開示され、引用例2には、磁性の技術分野において有機化合物が「濡れの促進による分散性」の向上に有効とみられることが開示されているにすぎない。

その結果、審決は、磁性の技術分野についてはもとより、一般塗料の技術分野についてすら、Al2O3とSiO2とを併用した場合の「濡れの促進による分散性」に関する作用効果を判断しておらず、まして、「磁気凝集の抑制による分散性」に関する作用効果には全く触れていない。

のみならず、磁性の技術分野においては、磁気特性の低下を抑制しなければならないという、一般塗料の技術分野にはない技術的課題が存するが、この技術的課題に対してアルミナ(Al2O3)がどのような技術的意義を持つのか未知であったのであるから、Al2O3とSiO2とを併用することに困難性は認められず、本願発明はその出願前に当業者が容易に発明をすることができたとした審決の判断は、本願発明の特徴を全く看過したものであって、失当というべきである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  引用例1記載の技術内容について

(1)原告は、引用例1記載のAl2O3あるいはSiO2は粉体に耐候性あるいは耐薬品性を賦与するための化合物であって、粉体表面の「濡れの促進による分散性」の向上のためのものとして挙げられているのではないと主張する。

しかしながら、引用例1の269頁1行には「第2節無機粉体の表面改質と分散技術」との表題が記載され、同節中の270頁25行に「表面改質は粉体表面のぬれの改質による分散性の向上が第1目的とされる」、271頁2行に「無機物による改質は、その代表的研究に二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理がある。」と記載されているのであるから、「二酸化チタンのAl2O3、SiO2、にぶる処理」が粉体表面の「濡れの促進による分散性」の向上を目的とするものであることは明らかであって、「最終的には改質表面に機能性を付与してマトリックスと強い結合を作ることが目標である。」(270頁25行、26行)という記載はこれを左右するものではない。また、「より良い耐候性や耐薬品性を賦与するため」(271頁6行)という記載は、直前の「表面改質後の表面層は多孔性なのでこれの改善がある。」(271頁5行)という記載を受けるものであるから、「二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理」が専ら「より良い耐候性や耐薬品性を賦与するため」のものであって分散性とは何ら関わりがないと解すべき理由はない。

また、原告は、引用例1が援用する「色材、53[3]182~189(1980)」には、Al2O3、SiO2の表面被膜が専らより良い耐候性あるいは耐薬品性を賦与することが明記されていると主張する。

しかしながら、同文献には、「3.表面改質」(183頁左欄6行)と題して、「改質の目的は(中略)第二には分散性の向上のように顔料表面の性質を変えて使いやすい顔料にすることである。」(同欄10行ないし15行)と記載されているのであり、ただ、通常の方法による被覆処理では表面層が多孔性になるので、耐候性等を賦与するためには緻密な層を形成するのが望ましいこと(同欄末行ないし右欄7行)が記載されているにすぎない。

さらに、原告は、引用例1の270頁27行以降には粉体表面の「濡れの促進による分散性」の向上に関する記載は一切存しないから、「表面改質は粉体表面のぬれの改質による分散性の向上が第1目的とされる」(270頁25行)という記載と、「代表的研究に二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理がある。」(271頁2行)という記載とを関連付けて理解する必然性はないと主張する。

しかしながら、上記270頁27行以降の記載は分散性向上を含む表面改質一般に関するものであるから、原告の上記主張は当たらない。

なお、原告は、一般塗料の技術分野においてはSiO2が粉体表面の濡れを促進し分散性を向上させることは否定されており、かつ、粉体の分散作用は有機化合物の方が優れているのであるから、無機化合物であるAl2O3、SiO2が粉体表面の「濡れの促進による分散性」の向上のためのものとして挙げられているとの認定は不自然であると主張する。

しかしながら、一般塗料の技術分野においてSiO2が粉体表面の濡れを促進し分散性を向上させることは否定されているという原告の主張は根拠がないし、仮に有機化合物が粉体表面の濡れの促進による分散性の向上において優れているとしても、これに替わるべき無機化合物の採用を検討することが不自然であるということはできない。

(2)原告は、磁性の技術分野における「分散性」には「濡れの促進による分散性」と「磁気凝集の抑制による分散性」とがある一方、一般塗料の技術分野における「分散性」は専ら「濡れの促進による分散性」であるが、審決はこれを正解していないと主張する。

しかしながら、粉体に磁性があれば分散しにくいことは事実としても、粉体表面の濡れを促進して分散性を向上するという技術的課題(目的)においては磁性の技術分野と一般塗料の技術分野との間に差異はない。そして、磁性の技術分野における分散性が一般塗料の技術分野における分散性よりも高度のものが要求されるとしても、一般塗料の技術分野の技術を磁性の技術分野に適用できない理由は存しない。

そもそも、引用例1は「磁性材料の開発と磁粉の高分散化技術」と題する文献であり、前記の270頁及び271頁の記載は、その「第Ⅷ章 磁性特性をうまく使いこなす重要技術」の「第2節 磁性粉体の表面改質と分散技術」と題する章節に存するのであるから、磁性の技術分野に適用しうる技術として開示されていることに疑いはない(なお、審決が引用例1の270頁及び271頁に「先立つ章節」として援用している59頁は、「第Ⅳ章 磁気テープ」の「第2節 磁性粒子の分散・配向性」と題する章節に存するのであるから、両者が深く関連することも明らかである。)。

2  引用例3記載の技術内容について

原告は、引用例3の記載に基づく以上、当業者はバインダーの酸-塩基性に対応してAl2O3あるいはSiO2のいずれかを単独で採用するのが自然であって、敢えてAl2O3とSiO2とを併用し両者のバランスを決定するなどという複雑な方法を採用するのは不自然であると主張する。

しかしながら、引用例3の447頁右欄44行ないし448頁左欄2行にAl2O3とSiO2とを併用することが記載されていることはまぎれもない事実であるから、原告の上記主張は当たらない。

3  相違点の判断について

(1)原告は、磁性の技術分野においても、「濡れの促進による分散性」向上効果のより優れたものは有機化合物(有機アルミニウムに限られない。)であることが知られていたのであるから、有機化合物に替えて無機化合物の採用を検討する余地はありえないし、有機アルミニウム化合物が取扱い上危険ならば危険性のない有機化合物を採用すればよいと主張する。

しかしながら、前記のとおり、仮に有機化合物が粉体表面の「濡れの促進による分散性」の向上において優れているとしても、さらに分散性向上効果及び磁気特性に優れたもの、安全なものを求めて無機化合物の採用を検討することが不合理であるということはできない。

(2)原告は、引用例3には「Al2O3とSiO2とをバインダーの酸-塩基性に応じた酸-塩基性となる割合で用い」て樹脂と顔料との界面反応を利用する知見が記載されているが、本願発明は結合剤樹脂や顔料の性質を問うものではないから上記知見を適用する余地はないと主張する。

しかしながら、審決は、引用例1の記載に基づいてAl2O3、SiO2による二酸化チタンの処理が磁性粒子の分散性向上を期待しうる技法であることを知った当業者が、引用例3に記載されているAl2O3とSiO2の併用による処理を、引用例2記載の有機アルミニウム化合物の代替材料として適用することには困難性がないと判断しているのであるから、引用例3の記載のみを論拠とする原告の上記主張は当たらない。ちなみに、引用例3記載の技術的事項も、そのバインダーの性質を特定のものに限定しているわけではない。

(3)そして、原告は、審決は、磁性の技術分野についてはもとより一般塗料の技術分野についてすら、Al2O3とSiO2とを併用した場合の「濡れの促進による分散性」に関する作用効果を判断しておらず、まして「磁気凝集の抑制による分散性」に関する作用効果には全く触れていないと主張する。

しかしながら、審決は、前記のとおり、引用例1の記載によってAl2O3、SiO2による二酸化チタンの処理が磁性粒子の分散性向上を期待しうる技法であることが開示され、引用例3の記載によって二酸化チタンの分散性向上のためにAl2O3とSiO2を併用することが開示されていることを説示し、これを引用例2記載の発明に適用することに困難性はないとしているのであるから、その判断の過程に何ら誤りはない。なお、本願発明は、「磁気凝集の抑制による分散性」のみに着目しているものではない。

最後に、原告は、磁性の技術分野においては磁気特性の低下を抑制しなければならないという技術的課題が存するが、この技術的課題に対してアルミナ(Al2O3)がどのような技術的意義を持つのか未知であったのであるから、審決の判断は本願発明の特徴を全く看過したものであると主張する。

しかしながら、引用例1に「磁気テープ製造工程における分散工程は、磁気テープの性能を決定する非常に重要な工程」(59頁19行ないし21行)であることが記載され、かつ、引用例2記載の発明が「磁気特性の優れた磁気記録媒体を提供する」(1頁右下欄9行、10行)ことであると記載されている以上、これらを援用している審決が、原告主張の本願発明の技術的課題(目的)を考慮していることは明らかである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要点)並びに本願発明と引用例2記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第4号証(本願発明の出願公告公報)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、磁気記録媒体に係わり、詳しくは磁性粉末の改良に関するものである(1欄7行、8行)。

磁気テープ等の磁気記録媒体は、通常、ポリエステルフィルム等の基体上に、磁性粉末を結合剤中に分散させた磁気塗料を塗布したものであって、磁性粉末としては、γ-Fe2O3等の針状磁性酸化鉄又はこれにコバルト化合物を含有させた微粉末が多く使用されている(1欄9行ないし15行)。

しかし、これらの磁性粉末は、結合剤媒体との濡れが十分でなかったり、粒子相互で磁気凝集を起こしたりして、結合剤樹脂中に均一に分散されにくく、磁気記録媒体の磁気特性の低下が生じやすい。特に、近時普及しつつあるポリウレタン樹脂を主成分とする結合剤を使用する場合には、上記の傾向が著しく、その解決が望まれている(1欄19行ないし26行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、上記の問題点を解決しうる磁性粉末を含有する磁気記録媒体を提供することである(2欄1行ないし3行)。

(2)構成

上記技術的課題(目的)を解決するため、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(1欄2行ないし5行)。

本願発明において、磁性酸化鉄粉末の表面に存在するシリカーアルミナ共沈殿物とは、アルミニウムシリケートの含水物、あるいは、アルミニウムとケイ素の複合水和酸化物をいう(2欄15行ないし18行)。

(3)作用効果

本願発明の磁気記録媒体は、シリカーアルミナ共沈殿物被着層を有する磁性粉末が結合剤樹脂中に良好に分散したものであり、角形比、配向性、電磁変換特性等の磁気特性において優れたものであり(3欄11行ないし15行)、このことは別紙第1表に示されている結果から明らかである(7欄第1表下1行ないし4行)。

2  引用例1記載の技術内容について

(1)原告は、引用例1記載の「Al2O3、SiO2、ZnOなど」は粉粒子に耐候性あるいは耐薬品性を賦与するための化合物であって、粉粒子表面の「濡れの促進による分散性」を向上するものとして挙げられているのではないと主張する。

成立に争いのない乙第1号証によれば、引用例1が記載されている「磁性材料の開発と磁粉の高分散化技術」と題する文献は全部で8章からなり、その「第Ⅷ章 磁性特性をうまく使いこなす重要技術」に、「第2節 無機粉体の表面改質と分散技術」の項が存在し、同節の「2 表面改質の分類」は、「2.1化学的・物理化学的技法 2.2機械的技法 2.3界面化学的技法」からなっていることが認められる。

そして、成立に争いのない甲第5号証によれば、上記「2.1化学的・物理化学的技法」には、

a 「表面改質は粉体表面のぬれの改質による分散性の向上が第1目的とされるが、最終的には改質表面に機能性を付与してマトリックスと強い結合を作ることが目標である。」(270頁25行、26行)

b 「無機物による改質は、その代表的研究に二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理がある。」(271頁2行)

c 「これらは、主としてルチル形のものになされており、市場で広く工業利用されている。現在ではコーティング技術の改良や他顔料への応用という形で発展している。技術の改良面では、表面改質後の表面層は多孔性なのでこれの改善がある2。したがってより良い耐候性や耐薬品性を賦与するためには緻密な層を形成させることが望ましい。」(271頁3行ないし6行)

という記載が存在することが認められる。

上記b及びcの記載によれば、粉粒子の表面改質は「Al2O3、SiO2、ZnOなどによる処理」が代表的なものであること、この表面改質処理を行えば二酸化チタン粒子の表面に耐候性や耐薬品性を付与しうること、粉粒子の表面に耐候性や耐薬品性を付与するためには緻密な表面層を形成する必要があることが明らかである。

このように、耐候性や耐薬品性は、二酸化チタン粒子の表面に最終的に付与されるべき特性・機能であるから、これと上記aの記載とを併せ考えれば、引用例1記載の「二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理」は、最終的には、二酸化チタン粒子の表面に耐候性や耐薬品性を付与してマトリックスとの強い結合を図ることを目的とするためのものであるということができる。

この点について、被告は、前記aの記載を援用して、「二酸化チタンのAl2O3、Sio2、ZnOなどによる処理」は「濡れの改質による分散性」の向上を目的とするものであることは明らかであると主張する。

そこで検討するに、成立に争いのない甲第16号証によれば、植木憲二監訳「塗料の流動と顔料分散」(共立出版株式会社昭和46年5月1日初版1刷発行)には、「どのような分散工程でも、その第一段階は先づ顔料粒子を一次粒子にまでほぐすことである。第二段階はいまここで問題にしているほぐされた粒子をそのままに保つことである。」(197頁4行ないし6行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、顔料粒子の分散性を高めるためには、最初に顔料粒子を一次粒子にまでほぐすこと、すなわち、「顔料粒子の濡れの促進による分散性」の向上が必要であると解することができ、このことは、前記aの「表面改質は粉体表面のぬれの改質による分散性の向上が第1目的とされる」という記載と符合するものである。

また、成立に争いのない甲第12号証によれば、「色材、53[3]182~189.1980」には、「最近の無機顔料の進歩」と題する風間孝夫執筆の論文に、「改質の目的は第一に耐薬品性や耐熱性の向上(中略)、第二には分散性の向上のように顔料表面の性質を変えて使いやすい顔料にすることである。」(183頁左欄10行ないし15行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、粉粒子の表面改質処理が最終的には分散性の向上をも目的としていると解することができる。

なお、前掲甲第5号証によれば、引用例1には、「表面を二次元的あるいは三次元的に改質するさいに、特に問題となるのは改質された表面同士の付着である。(中略)したがって、単分散状態にあるポリマーをつくることがのぞまれ、この工夫がなされている。」(270頁27行ないし271頁1行)と記載されていることも認められるが、この記載は、前記aに続く記載であって、表面改質処理が粉粒子の分散性の向上をも目的とすることを裏付けるものということができる。

そして、成立に争いのない甲第7号証によれば、引用例3には、ZnOを用いて行う二酸化チタン粒子の表面改質処理について、「ZnOは酸化チタン素材の焼成工程で添加される。硫酸法によるルチル顔料は、焼成工程でアナタス構造からルチル構造に転移させることによって得られるが、ZnOが添加される目的はこの結晶転移を促進し、また得られたルチルの結晶構造を安定化させ、格子欠陥をなくすることによって、白色度と耐候性を改良することにある。この場合添加されたZnOの一部はTiO2結晶中に固溶して光化学的安定化に関与し、残部は後処理の時一旦溶解した後Tio2粒子表面に反応性のあるZnOとしてコーティングされ、分散性に関与する。」(445頁右欄3行ないし12行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、ZnOによる二酸化チタン(TiO2)粒子の表面改質処理の目的は、最終的には白色度と耐候性を改良することにあるが、一部のZnOは、焼成工程の最終段階において二酸化チタン粒子の表面にコーティングされ、粉粒子の分散性に関与すると解することができる。

そして、同じく甲第7号証によれば、引用例3には、Al2O3、SiO2、ZnOを用いて行う二酸化チタン粒子の表面改質処理について、「酸化チタンにAl2O3やSiO2処理が施された当初の目的は、酸化チタンの耐候性や耐変色性を改良することと同時に、着色力や光沢を向上させる事にあった。このようにして結晶構造の安定化と表面処理とによって、(中略)このタイプはルチル顔料初期の一つの完成したモデルとして長く愛好されて来た。多用なルチル銘柄が市場に出回っている今日なお、このタイプの銘柄が最も多量かつ広範に使用されているのは、このタイプがZnO、Al2O3、SiO2処理によって植物油変性合成樹脂塗料に分散しやすく」(445頁右欄16行ないし27行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、Al2O3、SiO2、ZnOによる二酸化チタン粒子の表面改質処理の目的は、いうまでもなく耐候性・耐変色性・着色力・光沢等、顔料として必要な特性を付与することにあるが、それと同時に、その表面改質処理によって、顔料粒子が植物油変性合成樹脂塗料に分散しやすいものになるという効果があると解することができる。

以上の認定事実を総合すると、一般塗料の技術分野における粉粒子の表面改質処理は、顔料粒子の分散性向上をも目的としていることが明らかであって、Al2O3、SiO2、ZnOによる二酸化チタン粒子の表面改質処理も、顔料として必要な特性を付与するとともに、粉粒子表面の「濡れの促進による分散性」の向上を目的とするものであると理解するのが相当である。

この点について、原告は、一般塗料の技術分野においてはSiO2が粉粒子表面の「濡れの促進による分散性」を向上させることは否定されていると主張する。

しかしながら、前掲甲第7号証によれば、引用例3の447頁左欄の表-6には、酸化チタンの樹脂吸着量(酸化チタンの分散性を示す。同頁右欄7行ないし9行参照)においてSiO2処理は他の処理より劣るが、無処理のものよりは優れていることが記載されていると認められる。したがって、引用例3を論拠として、SiO2は粉粒子表面の「濡れの促進による分散性」を向上させることが否定されているということはできない。

なお、原告会社の中田和男ら作成に係る実験報告書(甲第17号証)には、酸化チタンの表面処理において、SiO2処理は無処理のものより分散性に劣ることが示されているが、このような一実験結果のみによって、SiO2は粉粒子表面の「濡れの促進による分散性」を向上させるものでないと断定することはできない。

よって、引用例1記載の「Al2O3、SiO2、ZnOなど」は粉粒子表面の「濡れの促進による分散性」を向上するものとして挙げられているのではないという原告の主張は、採用できない。

(2)原告は、審決は引用例1記載の「分散性」の意義を正解していないと主張する。

そこで検討するに、前掲甲第5号証によれば、引用例1の「第Ⅲ章 磁粉の分散技術と表面改質」の「1.分散および表面改質技術の必要性」の項には、

d 「高い記録密度を達するためには、塗膜の磁気的性質に関しては保磁力が大きく、角形性がよく、残留磁束密度は小さい方がよい。」(28耳29行、30行)

e 「これらの難しい目標を考えたときの塗膜中の磁性粉の分散の問題およびこの原料となる磁性塗料の開発をどうすべきかについて考えてみる。塗膜の磁気的性質即ち、ある程度高い保磁力、良好な角形比、比較的小さな残留密度にすることなどが塗膜中の磁性粉粒子の構造とどのような関連があるのか実験的に確認しておく必要がある。ここで塗膜中における磁性粉粒子の構造というのは、磁性粉粒子がそれぞれ相互作用を持たずに個々独立して塗膜中に存在する構造即ち分散のよい状態、磁性粉粒子間にある程度の相互作用が働いて何個か集まった凝集粒子(大きさが大体同じ)が均一に塗膜中に分散したような構造を考えている。多分個々の磁性粉粒子が個々に分散した極めて分散度が高い構造の方が塗膜の電磁気特性にはよい結果が得られるか、何個か集合した粒子が均一に分散した構造の塗膜が総合的な電磁気特性の面で好結果が得られるのかは実験的に確かめておく必要がある。」(29頁9行ないし17行)

f 「以上のような点ふら、塗料中の粒子構造(A:個々の粒子が独立にばらばらにほぐれている構造、B:何個かの粒子が集合した大体同じくらいの大きさの凝集体が均一に分散している構造、C:粒子の1ケ所でそれぞれ結合し全体的には均一に粒子が分散している網目構造を持つもの)の任意なものを作ることが出来る技術を確立する必要がある。このためには粒子間の相互作用の制御という技術が重要になる。これを達成するためには入手した磁性粉粒子をまず個々ばらばらにする1次粒子化の技術を非常に困難であるが確立することが絶対必要である。」(30頁5行ないし10行)

と記載されていることが認められる。

以上の認定事実によると、磁気記録媒体の塗膜中に所望の状態で磁性粉粒子を分散させるためには、まず磁性粉粒子を1次粒子化し、次いで磁性粉粒子間に働く相互作用(これによって磁気凝集が生ずる。)を抑制することが技術的に重要であることが明らふである。そうすると、引用例1には、磁性粉粒子の「分散性」には、これを阻害する要因によって、粉粒子自体の磁気特性に起因する粉粒子間の相互作用を抑制するという意味の「分散性」(原告のいう「磁気凝集の抑制による分散性」)と、粉粒子表面の界面化学的な特性に起因する凝集を抑制するという意味の「分散性」(原告のいう「濡れの促進による分散性」)とがあること、及び、磁気記録媒体の磁気特性を向上するためにはこれら2つの意味の「分散性」の改善を図る必要があることが開示されているといえる。

この点について、被告は、粉粒子に磁性があれば分散しにくいことは事実としても、粉粒子表面の濡れを促進して分散性を向上するという技術的課題(目的)においては磁性の技術分野と一般塗料の技術分野との間に差異はないと主張する。

しかしながら、磁性粉粒子については「分散性」に2つの意味のものがあることは前記認定のとおりであるから、「濡れの促進による分散性」の向上が、直ちに粉粒子自体の磁気特性に起因する「磁気凝集の抑制による分散性」の向上をも実現すると解することはできない。

以上のとおり、一般塗料の技術分野における「分散性」と磁性の技術分野における「分散性」とを同義の概念とすることは不正確であるから、引用例1記載の技術内容を理解するに当たっては、このことを認識した上、当業者が引用例1に記載された二酸化チタンのAl2O3、SiO2などによる処理技術を磁性材料の表面改質に応用することにより分散性の向上を期待しうると理解できるかを検討する必要があるという意味において、原告の前記主張は正当である。

(3)そこで、さらに引用例1記載の技術内容について検討すると、前掲乙第1号証によれば、引用例1の「第Ⅳ章 磁気テープ」には「第2節 磁気粒子の分散・配向性」の項が存在することが認められる。そして、前掲甲第5号証によれば、同節の「2 分散」の項には、

j 「磁気記録では高保磁力の磁性体を高充てん・高配向させることが重要である。この高充てん・高配向のためには、磁性塗料において磁性粒子を破壊することなく、一次粒子近くまで分散させることが必要である。したがって、磁気テープ製造工程における分散工程は、磁気テープの性能を決定する非常に重要な工程ということができる。」(59頁15行ないし21行)

と記載されていることが認められる。このjの記載は、引用例1の前記e及びfの記載に照らせば、磁気記録媒体における「濡れの促進による分散性」と「磁気凝集の抑制による分散性」の双方を向上することの必要性・重要性を指摘するものと解することができる。

さらに、前掲甲第5号証によれば、引用例1の「第Ⅲ章磁粉の分散技術と表面改質」の「1・分散および表面改質の必要性」の項には、

g 「粒子間の相互作用を制御するために後述する方策が取られることになるが、粒子の表面改質技術を適用することが今後さらに必要になると思われるし、とくにメタル粒子を使いこなす上で粒子の安定化技術が重要であり、このためにも粒子表面改質技術をうまく応用することが今後の大きな課題である。」(30頁11行ないし13行)

と記載され、同「2.粒子の表面および粒子特性の評価」の項には、

h 「2.1粒子特性(粒度と粒度分布)」、「2.1.2粒度分布」として、「磁性粉粒子に対してはとにかく分散操作の前に個々の粒子をばらばらにほぐす1次粒子化の技術の確立が特に重要である。」(31頁13行、14行)

i 「2.5界面の性質」、「2.5.1ぬれ」として、「塗粒中における粒子構造を任意の構造に作りあげるためには、まず粒子を個々ばらばらに分散させることが必要である。このためには種々の方法がとられるが粒子の溶剤によるぬれ易さを改善することも重要なアプローチである。」(35頁10行ないし12行)

と記載されていることが認められる。

ところで、前記b及びcの「無機質による改質は、(中略)二酸化チタンのAl2O3、SiO2(中略)による処理がある。これらは、(中略)現在ではコーティング技術の改良や他顔料への応用という形で発展している。」(271頁2行ないし4行)という記載は、前記のとおり、引用例1の「第Ⅷ章 磁性特性をうまく使いこなす重要技術」の章に存在するのであるから、磁性材料の技術分野に関連する知見として記載されていることはいうまでもない。したがって、上記のg・h・iの各記載をも参照すれば、引用例1記載の二酸化チタンの「Al2O3、SiO2による処理」は、磁性粉粒子の分散性の向上を図る手段にも応用しうる処理方法として開示されていると理解すべきことは当然である。

ただし、一般塗料であって磁性を有しない二酸化チタン粉粒子の「Al2O3、SiO2による処理」が、粉粒子表面の界面化学的特性に起因する凝集を抑制するという意味の「分散性」(原告のいう「濡れの促進による分散性」の向上を企図するものであって、粉粒子自体の磁気特性に起因する粉粒子間の相互作用を抑制するという意味の「分散性」(原告のいう「磁気凝集の抑制による分散性」)の向上という目的とは無縁であることは明らかである。一方、磁性粉粒子に求められる「分散性」には、「濡れの促進による分散性」のほか、「磁気凝集の抑制による分散性」があり、磁気特性に優れた磁気記録媒体を得るには双方の分散性の向上を考慮しなければならないと解されることは前記(2)のとおりである。

しかしながら、前掲「塗料の流動と顔料分散」(甲第16号証)の、「どのような分散工程でも、その第一段階は先づ顔料粒子を一次粒子にまでほぐすことである。第二段階はいまここで問題にしているほぐされた粒子をそのままに保つことである。」(197頁4行ないし6行)という記載によれば、粉粒子の「濡れの促進による分散性」の向上と「磁気凝集の抑制による分散性」の向上とは、ひっきょう、粉粒子を「一次粒子にまでほぐ」し、次いで「ほぐされた粒子をそのままに保つ」(前掲甲第16号証の197頁4行、5行)ことを企図する点において全く共通する技術であるうえ、「磁気凝集の抑制による分散性」を向上するために粉粒子の磁性自体を抑制する手段を採ることは、磁気記録媒体の磁気特性の観点から制約があることが明らかである。また、本出願当時、磁性の技術分野において、「Al2O3、SiO2による処理」では磁性粉粒子の「磁気凝集の抑制による分散性」の向上を期待しがたいとの知見が存在したことを窺わせる証拠は全くないのである。したがって、引用例1の記載によって「Al2O3、SiO2による処理」が磁性粉粒子の「濡れの促進による分散性」の向上に有効でありうることを知った当業者が、同処理は「磁気凝集の抑制による分散性」の向上にも有効ではないかとの示唆を得て、磁気特性に優れた磁気記録媒体を得るために、磁性粉粒子の「Al2O3、SiO2による処理」の試行を動機付けられることは、十分に考えられるところである。

以上のとおりであるから、引用例1記載の「二酸化チタンのAl2O3、SiO2、ZnOなどによる処理」は「磁性粒子の表面改質に応用することにより分散性向上が期待しうる技法としてあげられていると考えうることは当業者が理解しうることと認められる。」とした審決の認定は、正当として肯認しうるものというべきである。

3  引用例3記載の技術内容について

原告は、引用例3の記載に基づく以上、当業者はAl2O3あるいはSiO2のいずれかを単独で採用するのが自然であって、敢えて両者を併用して両者のバランスを決定するなどという複雑な方法を採用するのは不自然であると主張する。

前掲甲第7号証によれば、引用例3には、

ア  「2.酸化チタンの表面処理」(445頁左欄28行)の項に、「酸化チタン顔料は(中略)TiO2の結晶をZnO、Al2O3、SiO2またはTiO2の含水酸化物によってコーティングされた粉体である。」(同欄29行ないし31行)、「コーティング物質の主体をなすAl2O3とSiO2はそれぞれ弱塩基性、あるいは弱酸性の物質であるために、その組合わせとバランスによって、酸化チタンの表面にさまざまな界面化学的物質を付与する事ができる」(445頁左欄41行ないし右欄1行)

イ  「3.顔料界面の反応」(446頁(表-3下)右欄4行)の項に、「一連の実験の結果からSorensenは顔料、樹脂、溶剤の相互関係は、それらの酸-塩基性によって決定され、与えられた酸性または塩基性の顔料に対しては、反対の塩基性または酸性のバインダーを使用すれば反応性がよく、溶剤は顔料と同じ酸-塩基性のものを使用すれば、顔料と樹脂の親和性がよくなり分散が安定するとしている。」(447頁右欄35行ないし41行)

ウ  同項に、「Sorensenの分類によると、(中略)TiO2はpH6.6の両性物質であるが、Al2O3、SiO2で処理された酸化チタンは、(中略)Al2O3/SiO2のバランスによって多少とも酸性または塩基性を有しており、これが分散媒中での分散性に影響を持っている。」(447頁右欄42行ないし448頁左欄2行)

エ  同項に、「たとえば酸性バインダーに属する溶剤型アクリル樹脂塗料ではAl2O3処理した酸化チタンが分散、光沢がよく、Al2O3-SiO2処理した酸化チタンは光沢が出にくい。」(448頁左欄2行ないし5行)と記載されていることが認められる。

上記のアないしウの記載によれば、顔料、樹脂、溶剤相互の分散関係はそれらの酸-塩基性によって決定されるのであり、両性物質の顔料である二酸化チタン粒子を弱塩基性のAl2O3と弱酸性のSiO2によって処理すると、その粉粒子表面にはAl2O3/SiO2のバランスによって種々の界面化学的特性(たとえば、多少の酸性もしくは塩基性)が付与され、これが分散媒中での分散性に影響を持つことが理解される。そして、上記工の記載によれば、二酸化チタン粒子を酸性バインダーに属する溶剤型アクリル樹脂塗料中に分散させた場合、Al2O3-SiO2処理のものは分散性をそれほど向上させないとされているが、Al2O3/SiO2のバランスを調整することによって界面化学的特性を変え、分散性を改善しうるというのであるから、「二酸化チタンのAl2O3、SiO2による処理」が、「濡れの促進による分散性」の向上に寄与しないということはできない。

よって、「Al2O3とSiO2とをバインダーの酸-塩基性に応じた酸-塩基性となる割合で用いて二酸化チタンをコーティングし、その表面にAl2O3とSiO2とを含む物質の被膜を形成することにより二酸化チタンの分散性を高めうると考えられることは引用例3の記載から当業者が理解しうることと認められる。」とした審決の認定に、誤りはない。

4  相違点の判断について

(1)原告は、「引用例2に示された(中略)「有機アルミニウム化合物」についても、(中略)代替材料の検討の余地があるものである」とした審決の説示は当たらないと主張する。

成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例2は、特許請求の範囲を「強磁性粉末を結合剤中に分散してなる磁性層を非磁性支持体上に設けた磁気記録媒体において、該磁性層が有機アルミニウム化合物を含有することを特徴とする磁気記録媒体」(1頁左下欄4行ないし7行)とする発明に関するものであって、従来技術とその問題点、目的、得られた知見及び効果が、次のように記載されていることが認められる。

「最近では、特に短波長の信号を高密度に記録する方式が重用視されている。それに伴って強磁性材料として高密度記録に適する磁気記録特性(例えば、より高い抗磁力、より大きい残留磁束密度)が要求され、これに適応し得る強磁性材料として強磁性金属材料が最も有望視されている。しかし、磁性粉末の抗磁力が高くなるとともに及び/又は残留磁束密度が大きくなるとともに、粒子同志の相互作用が大きくなり、分散が難しくなる。更に、強磁性粉末として合金金属粉末を使用すると、この種の粉末が本来酸化されやすい性質を有しているため、酸化物系磁性粉末に比べて磁気特性が経時的に劣化しやすい。」(1頁左下欄15行ないし右下欄8行)

「本発明者等は(中略)強磁性粉末を含む磁性層中に有機アルミニウム化合物を含有させたとき、あるいは有機アルミニウム化合物で表面処理を行なった強磁性粉末を用いることにより、著しい効果が奏されることを見出し本発明に至ったものである。」(1頁右下欄14行ないし19行)

「本発明の有機アルミニウム化合物は強磁性粉末の分散性に対して良好な効果を与える」(5頁左下欄1行ないし3行)

「本発明の有機アルミニウム化合物は、強磁性粉末の経時劣化に対して著るしい効果を与える」(6頁左上欄1行ないし3行)

以上の記載によれば、引用例2記載の磁気記録媒体は、高密度記録特性を担う強磁性粉末が、磁気凝集による分散性の低下、及び、酸化等による磁気特性の経時的劣化の問題点があるとの認識に立ち、この2つの問題点を、強磁性粉末を含む磁性層中に有機アルミニウム化合物を含有させること、あるいは、強磁性粉末を有機アルミニウム化合物で表面処理することによって解決したものであって、その構成により所期の効果を期待できるものであることが明らかである。

しかしながら、有機アルミニウム化合物は、化学工業において重用されるが、その物性上、取扱いに十分な注意を必要とする物質であることは本出願前の技術常識であるから、磁性粉粒子の表面処理剤として、より経済性に優れ、製造の容易な代替材料の検討を企図することは、当業者として当然のことというべきである(ちなみに、SiO2及びAl2O3が、無害無毒の無機物であって取扱いが容易であり、かつ、入手が容易な工業用原料であることも、本出願前の技術常識である。)。

したがって、「引用例2に示された(中略)「有機アルミニウム化合物」についても、分散性向上効果のよりすぐれたもの、取扱いやすいもの(中略)等との観点から代替材料の検討の余地のあるものであることが当業者に明らかなものである」とした審決の判断は、正当である。

(2)そして、引用例1には二酸化チタンの「Al2O3、SiO2による処理」が磁性粉粒子の分散性を図る手段にも応用しうる処理方法として開示されていると理解されること、「Al2O3、SiO2による処理」が磁性粉粒子の「濡れの促進による分散性」の向上に有効でありうることを知った当業者が、同処理は「磁気凝集の抑制による分散性」の向上にも有効ではないかとの示唆を得て、磁性粉粒子の「Al2O3、SiO2による処理」の試行を動機付けられると十分に考えられることは、前記2(3)のとおりである。

これに加えて、引用例3に、二酸化チタン粒子の表面改質処理にAl2O3とSiO2とを併用すること、その際、Al2O3とSiO2のバランスを調整することによって「濡れの促進による分散性」を向上しうることが開示されていることが前記(1)とおりである以上、磁気記録媒体の結合剤樹脂中における磁性粉粒子の分散性を高める物質について、引用例2記載の「有機アルミニウム化合物」に代替すべきものとして、本願発明が要旨とする「シリカーアルミナ共沈殿物」に想到することは、磁性の技術分野の当業者ならば容易になしえたことというほかはない。

なお、前掲甲第5号証によれば、引用例1の「第Ⅲ章磁粉の分散技術と表面改質」、「2 粒子の表面および粒子特性の評価」、「2.4表面の化学構造」、「2.4.2表面の酸・塩基構造」の項には、「溶剤中に溶解している種々なバインダーが磁性粉粒子の混練プロセス中どのように粒子表面に吸着するかといった現象を理解し役立てるための概念として有用である。より具体的には混練のときにどのような溶剤を使うべきか、何種類かのバインダーをどのような順で添加したらいいかなどを決めることに役立つ。高分子による磁性粉粒子の表面改質などを、溶剤から高分子を吸着させる方法で実施するときどのような溶剤を使用すべきかを決めることなどに役立つ。」(34頁30行ないし34行)と記載されていることが認められる。

この記載は、混練工程(分散工程)において、溶剤中に溶解しているバインダーが磁性粉粒子の表面に吸着する現象を、粉粒子表面の酸-塩基性の点から解明することが有用であることを指摘するものであって、引用例1記載の技術的事項と引用例3記載の技術的事項とを組み合わせることの容易性を裏付けるものということができる。

そうすると、「引用例1に示されたAl2O3とSiO2は代替材料の検討(中略)に際し当業者が着目しうる範囲のものと認められ、引用例3に示された処理方法を適用して両者を併用することに困難性は認められない。」とした審決の判断の過程には、何ら誤りはない。

(3)以上のとおりであるから、本願発明は引用例1、引用例2及び引用例3の記載に基づいて本出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような誤りは存しない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙

<省略>

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